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システム内存在の不可能性の認識、及び全体性の恣意的生成の可能性について
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そのレストランに入ったのは一時を五分ほど過ぎた頃だったと思う。まだまだ昼時だ。店内には学生やら家族連れやらでごった返し、一様にざわめき立っている。本来タバコは吸わないのだが、喫煙席ならすぐ座れるということなので、そっちに座ることにする。まあ、正直どっちでもいい。むしろ周りにあまり人がいなければ好都合だ。案の定、連れて来られた席は、隣に一組のビジネスマン風の客が談笑しているのみで、人は比較的まばらだった。程なくするとその二人も席を立ち、両隣には誰もいなくなる。いい感じだ。

メニューを取り出す。ちらっと形ばかり目を通すと、すぐにウェイターを呼んで注文する。デカンタワインの赤とアンチョビのピザ。実のところ頼むものは店に入る前からすでに決めていた。計画通りだ。注文を済ませると、メニューを放り出して再び辺りを確認する。ウェイターは立ち去った。他の客は、誰もが自分らの話に夢中で周りを気にかけるものなど誰一人いない。

バッグに手を入れて中の物を確認する。家から持参したそれはちゃんと入っている。大丈夫だ。後は料理が運ばれてくるのを待つばかり。
それにしても、だ。カバンに手を突っ込みながら周りを気にする様は、明らかに不審行為だ。我ながら何とかならないものか。まあ、実際ちょっとビクついていたのは確かだ。この緊張感は、店の喧騒から自分をほんの少しだけ浮き上がらせる。

とその時、ウェイターがベビーカーを引いた親子連れを、隣の席に案内してきた。各々が席に着くとメニューを物色しながら、たわいのない話を始める。まずい。これではおおっぴらに“行動”することが出来ない。気になってちらちらと隣の席の様子見をしていると、ふとベビーカーの中の赤ん坊と目が合う。くすりとも笑わない。その子と5秒ほどにらめっこしてしまったが、こっちが根負けして目をそらしてしまった。家族の者は選ぶのに忙しくてこちらには気付いていない。まあ、とりあえずは大丈夫か。



料理が運ばれてきた。ワイングラスは程良く冷えていて、白い冷気に曇っている。しばらくそのグラスを眺めた後、そこにワインを注いでみる。通と呼ばれる人間はここでグラスでも振って香りなんかを楽しむものなんだろうけど、いかんせんこの安ワインにはそぐわない行為だ。一口くちに含んでグラスを置き、再び眺めながら考える。

馬鹿げた諧謔心。恒常性への抗い。人が羽目を外す理由は様々だ。だが羽目を外すという行為そのものは普遍であり、生きていくうえで必要不可欠なものである。しかし、それを認識している者は案外少ない。大抵無意識か偶発的に訪れるそれを期待して破滅的な振る舞いをしがちだ。そして失敗する。だがそれではダメだ。別に大層な非日常なんて訪れる必要はない。ほんのちょっとした違い。惰性からほんの一ミリずれさえすればいいのだ。いつもと違ったことを意識的に取り入れるだけで日常は簡単に楽になる。歩いたことのない道を歩いてみるのもいい。入ったことのない店を訪れてみたり、料理の味付けを変えてみたり。そして…

しばらくワイングラスを眺めていたが、意を決してカバンに手を伸ばす。家から持参した10gパックのハチミツを取り出すと、おもむろにワインに注いだ。ねっとりとした蜜はゆっくりとグラスの中へと落ちて行き、底の方へと沈殿していく。ストローで強引にかき回すと、そこには得体の知れない飲み物が出現した。以前より深みを増した美しいルビー色の液体。もしくは単なるゲテモノ。いや、そんなことはどっちでもいい。今はただ、この馬鹿げた創作物を純粋に楽しんでみるのだった。



2杯目を飲み終える頃、軽い酩酊感が訪れる。店内のざわめきから引き剥がされ、浮き足立った気分で辺りを見渡すと、再び先程の赤ん坊と目が合う。相変わらずくすりともしない。一心不乱にこちらを見つめる眼差しは、しかしさっきと違って何かを訴えているように感じられる。きっとこう言っているに違いない。

「やあ、この店で浮いているのはキミとボクの二人だけだね」

ああ、そうかもな。そんな妄想が頭をかすめ、ついおかしくて苦笑する。すると今度は赤ん坊の方が関心なさげに目をそらし、ベビーカーの中でじたばたと暴れだすのだった。

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プロフィール
HN:
tes626
性別:
男性
自己紹介:
★座右の銘
どんな愚行や自傷行為も、面白ければすべてよし

★本ブログのモチーフ
システムの中にいるものは決してシステムそのものを変革することはできない。システムとは、システムの内外を隔てる境界の存在のことであり、変革とは境界の外から内部を指し示す恣意的行為である。
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