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システム内存在の不可能性の認識、及び全体性の恣意的生成の可能性について
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PM4:00。とあるビジネスホテルにチェックインし、フロントで差し出された209号室のキーを使って薄暗いシングルルームの部屋を開けたのは、2006年5月4日、ゴールデンウィークの真っ只中のことだった。部屋に入ってすぐ右側に、タブレット差込口がある。ここにキーを差込むと部屋全体に電気が通る仕組みだ。明かりを付けてほの暗い部屋を照らす。本当にこじんまりとした、ベッドだけがやけに大きい空間が広がる。このベッドを除けば、どこにでもあるようなワンルームマンションの一室だ。荷物をベッドに放り投げ、自宅から持ち込んだノートパソコンを開いてとりあえずネットにつなげる。部屋には無料インターネット用の接続口が用意されており、自分でパソコンを用意すればいくらでも使えるようになっている。
狭い部屋だ。ユニットバスや簡易冷蔵庫などを見てしまえば後は取り立てて見るものなど無い。窓からの景色は隣のビルの壁しかなく、聞こえてくるのは車と電車の騒音だけだ。

ここは東横インさいたま新都心。自宅から自転車で15分もあれば着いてしまうような、まったくの近場だ。もちろんそんなところに宿なんて取る必要などどこにもなく、下手をすれば歩いて戻れてしまうような日常的風景の一部である。なぜこんなところに一泊してみようと思ったのか。



東横イン。そう、障害者用の設備を不正改造したことで全国的に有名になってしまったあのビジネスホテルだ。その後の記者会見での社長の悪びれない態度がさらに反感を呼び、あちこちで論争を巻き起こしたこのホテルのホームページには、今でも謝罪の文言がトップページに踊っている。

このホームページに、コンセプトと称した次の一文を見つけた。

リゾートホテルやシティホテル、温泉宿のように、お客様の 「ハレの日」 「非日常の楽しみ」の場を提供するための豪華な施設やゆったりしたスペース、至れり尽くせりの人的サービスはご用意していません。出張やお仕事で遅くなったお客様が日常生活の延長としてお泊まりになるために必要にして十分な設備・サービスと安心で快適・清潔なお部屋を提供しますが、それ以外の余分なサービスや施設を省いた合理的な運営でリーズナブルな価格を実現しています。


結構洒落た外観のホテルで、明らかに非日常的な佇まいを呈しているこのホテルのコンセプトが、日常の場の提供だという。なんだか面白い話だ。どんなところなのかちょっと見てみたい、なんてことを常日頃漠然と考えていたところ、特に予定のなかったゴールデンウィーク初日の朝、突然ひらめいたというわけだ。

「そうだ、東横インに泊まろう」

そうだ 京都、行こうとか思わないところがすごく悲しい。かくして、反社会的な行為に対する義憤などという高尚な理由とはまったく関係ないところで、東横インの潜入レポートに踏み切ったというわけだ。


PM10:00。どこかの部屋からか、バスタブにお湯を貯める音が聞こえてくる。さっきまで廊下で人の話す声も聞こえていたが、今は何も聞こえない。テレビ以外、娯楽と呼べるものは一切ない。ロビーには自由に使えるパソコンが置いてあるし、自動販売機でアルコールも売っているが、門限がないので何かしたければ外に行けばいい。ただ何となく何もする気にならず、だらだらテレビを見ているのも飽きたので、さっさと明かりを消してベッドにもぐりこんだ。真っ暗な空間。その中で漠然と考えた。

ハレとケ。ハレとは「非日常」のことであり、ケとは「日常」を意味する。日常生活を営むためのエネルギーが枯渇することをケガレ(褻・枯れ)とし、枯渇したケのエネルギーはハレの祭事を通じて回復するとされる。時はゴールデンウィーク真っ只中。日本中のケガレした人々は、ハレを求めていろんな場所へと旅立った。そんな中、この日常と非日常の混沌とした東横インの真っ暗な部屋の中では、いったいどんなことが起こるのか。確かめようと耳を澄ませてみたが何も聞こえず、いつの間にか眠りについていた。

翌朝、窓から漏れるほのかな明かりに目を覚ましてみると、この薄暗い部屋の中には、ただ日常の延長のみが静かに横たわっているのだった。
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HN:
tes626
性別:
男性
自己紹介:
★座右の銘
どんな愚行や自傷行為も、面白ければすべてよし

★本ブログのモチーフ
システムの中にいるものは決してシステムそのものを変革することはできない。システムとは、システムの内外を隔てる境界の存在のことであり、変革とは境界の外から内部を指し示す恣意的行為である。
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