ダリの絵を見た。例の上野でやってる回顧展だ。馬鹿みたいに混んでいて、入り口にいるスタッフが、チケットを買ってから中に入るまで45分待ちだと大声で叫んでいる。ずらっと並んだ人々の列の最後尾に向かいながら、美術展というのはこんなにも混むものなのかとちょっと辟易する。そもそも美術館なんてところにやって来るのは初めてだし、こちらもご多分に漏れず、ミーハー的野次馬的好奇心でやって来た大多数のうちの一人なのだが。何か美術展に行ってきたって言えばかっこいいかなぐらいの、ちょっとした虚栄心であることはまあ間違いない。
でもダリに興味があるのも事実ではある。それほど美術に関心があるわけでも、造詣が深いわけでもないけれど、シュールレアリスムに関してはちょっと心引かれるものがある。正直モネとかルノアールみたいな、いかにも芸術然とした印象派の美術展が開かれようと、おそらく行くことなんかないだろう。もちろん好みの問題だけど。印象派の絵は、観るものを弛緩させ、絵の世界と自分との関係を和らげるような、そんな“美しさそのもの”を表現したタイプのものだが、逆にダリを代表とするシュールレアリスムの絵は、鑑賞者をはねつけ、孤独にし、不安を喚起する、どこか偏執的な感じのするものだ。それが妙に魅力的だったりする。
そもそもシュールレアリスムとは何か。一応来る前に下調べはしておいた。
-シュールレアリスム-
理性によって規定された表層的世界に隣接する、規定し得ないものを表記していく芸術的運動。“非現実的”ということではなくむしろ過剰なまでに現実的という意味において、“超現実”と換言される。日常的な町並みや景色の中に見え隠れする「過剰さ」「強度」に晒されることにより訪れる精神的自由の喚起、開放を目的とする。思想的にフロイトの精神分析に強く影響を受け、無意識や集団の意識、夢、偶然等を重視して表現される。代表的な画家としては、マックス・エルンスト、サルバドール・ダリ、ルネ・マグリット、イヴ・タンギー、ポール・デルヴォーなどがいる。
こんなところか。人がダリに求めるのは、写実的日常性の中に垣間見える不気味な“何か”だ。見えないものが見たい、そういう単純な衝動がダリの人気の本質ではないのかと個人的には思っていたりする。世界は見えているものがすべてではないということを確認するために、人々はわざわざこんなところまでやって来て行列をつくる。少なくとも自分はそうだ。
なんてことを思っている内に列ははけ、20分そこらで美術館内に入ることができた。館内入り口からは細長い通路になっていて、通路の壁にはダリについて、ダリ美術館についての説明が書いてある。しばらく歩くと絵画の展示場に出る。案の定一つ一つの画の前には黒山の人だかりが出来ていて、遠目にしか見ることができない。仕方がないので辛抱強く人が流れていくのをじっと待つ。少しずつ絵画の前へと近づいていくと、まず目に入るのが初期のダリの自画像だったり、彼の妹の肖像画だったりする。まあ、こんな物かな、なんてことを思いつつ観ていると、次の三つ並んだ作品の前で目が留まる。
・早春の日々 The First Days of Spring
・平均的官僚 The Average Bureaucrat
・手(良心の呵責) Hand (Remorse of Conscience)
不思議な絵だった。神秘的でいて、なおかつ細部まで緻密に描写され、どことなく現実味を漂わせている。ぎりぎりまで絵に近づいて凝視してみる。そして引く。そしてまた近づく。そんな事を数回繰り返す。絵を体感する、そんな感じで。
凝縮と弛緩。身体的な反復運動は徐々に対象との感覚的距離を縮め、周りの風景から自分を切り出すことに成功する。周囲の群集からいつの間にか切り離され、絵と自分だけが取り残される。神秘的で不気味な絵と共に。そこでは様々な悪夢やら白昼夢やらが、なぜかとても懐かしいような奇妙な感覚と共に訪れ、それに満たされている間中、なんだか妙に幸せだった。
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全ての絵を見終えて、出口付近にある売店にたどり着くころには、すっかり疲れ果て、目の奥がじんじんと痛んだ。すっかり喧騒へと立ち返り、今は周りの多くの人と共に売店のグッズを一つ一つ見て回る。特に気を引くものはなかったが、チュッパチャプスが売っていたのでそれを買った。チュッパチャプスのロゴはダリがデザインしたもの、というのを前にどこかテレビで見たような気もするが、舐めてみるとやっぱりそれはただのアメだった。
外に出てみるともうすでに薄暗く、冷ややかな外気だけがいつもよりはっきりと感じられた。
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★本ブログのモチーフ
システムの中にいるものは決してシステムそのものを変革することはできない。システムとは、システムの内外を隔てる境界の存在のことであり、変革とは境界の外から内部を指し示す恣意的行為である。